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私の生まれたのはミャンマ−の第1の都市、ヤンゴンです
生まれて直ぐ、ミャンマ−の中央部にある、メティ−ラの自然の中で
育ちました
近くにはメティラカンと言う大きな湖があり、毎年お祭りがあります
お祭りではロングテ−ルボ−トの競争などがあって毎年楽しみでした
お父さんが空軍関係の技術関係の仕事だったため、家は政府の敷地
の中に建てられた、木の家でした
日本のような設備の整ったものはありませんでしたが、少し高床式の
形で、シ−ズンにはキノコが家の下に出来たりしていました!
高校までこの敷地内で全ての生活をし、他の場所には全然行った事が
ありませんでした・・・日本の方には不思議な生活と思われるかも知れま
せんが、周りの人達は全て親戚同然のお付き合い、全部がお友達と
いう感じで、大変楽しい生活でした
その頃は電気が切れたり、水が出なくなったり、色々大変なことがあり
ましたが、それはそれで又楽しいひと時が過ごせた時期でもあり、
他の場所を知りませんでしたので、そんなのが当たり前でした
メティ−ラは第2次大戦の時は、たくさんの日本兵の方がインドの
インパ−ル作戦の関係で訪れたところで、不幸にもなくなられた
方たちのお墓もあります
高校の頃、お母さんが病気をしたため、しばらく看病の生活が続いて
しまいました−そのうちお父さんが亡くなってしまい、メティラの土地から
近くのミャンマ−第2の都市、マンダレ−に移動しました
メティ−ラは残念ながらほとんど周りを知りません
でもこのマンダレ−は色々なところを知っています
ここは日本でいうと、京都のような感じでしょうか
ミャンマ−の最後の王様がいたところです
残念ながら、日本の天皇のように長い歴史を保つことは出来ませんでしたけど
この写真は、マンダレ−にいた頃のものです
私達のスタイルは、このようにサンダルと、腰巻のようなロンジ−と言う着物が主体です
日本のように寒い冬はありませんので、このスタイルで年間十分です
それでも12月頃になると、朝夕は少し冷え込みますので、この時期にお見えになる方達は
セ−タ−が必要でしょう
サンダルはミャンマ−にいる間は非常に便利です
観光やお参りに行くときは、お寺などでは、必ず靴と靴下も取らないといけませんので
このサンダルが一番便利です
ですからミャンマ−の中にいる間はこのミャンマ−サンダルをお勧めします
腰巻スタイルのロンジ−は無理して合わせる必要はありませんが、涼しくて気持ちの良いものですから、お試しあれ
ひと時ミャンマ−人になりきってみるのも、楽しいですよ −はき方などは私が教えてあげますので心配無く
ここはマンダレ−の近くにある、パガンという所です
世界には、ユネスコの世界遺産と言うのがあって、昔からの建築物が大切に保存されています 残念ながらまだこの地は指定にされていませんが、その価値が充分にある場所だと思っています
なぜならまだミャンマ−の国自体に、世界遺産の指定となる場所がいくつもあるのに、色々な事情で、指定になっていないのが現状です
でも写真で少し見えると思いますが、数々のパゴダと言われる建物が、2,000ほどもまだ残っています
ミャンマ−の古い王朝のパガン王朝の栄華の後です - 年代的には11世紀から13世紀の間で、あのカンボジアのアンコ−ル王朝と同じような時代になります
このバガンの地は、見渡す限りのパゴダ群が見る人を圧倒します - アンコ−ルワットがあの巨大な建造物で有名なら、この地は見渡す限りの数の多さに、圧倒される場所です
もう一つ世界3大仏蹟の一つのインドネシアのボロブド−ル遺跡のように、整備がきちんと進んでいないので、今後その点が心配されています
皆さんも一度訪れてみて下さい